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ここ数年、春になると、すみれたちを探しに山野を歩き廻りました。そして運よくすみれたちに逢ったら写真を撮ります。ある程度明るくて風もない好条件など、そうあるものではありません。手ブレ、被写体ブレ、露出アンダー、ピンボケなどなど、よくあります。そんなことで液晶で画像を確認するのが常です。手ブレなどは見落さないようになったんですが、ピントのあまいのとか、絞りのあってないのは、ついつい見逃してしまいます。
家に戻って画像をパソコンに移しモニターします。よく、あっ、これもピンがきてない、と独り言を云ったりします。ふんでも極く稀には、それなり写真があったりします。そんなときは、撮れたぞよ!、と吠えているようです。ひととおりモニターしてからココログに貼るすみれを決めます。そして図鑑などを参考にして名を決め同定事由と共にアップします。こんな3月4月を数年繰りかえしました。
芭蕉の野ざらし紀行に『山路来て なにやらゆかし すみれ草』があります。山路は滋賀県の逢坂山越えの道のようです。季節はもちろん春ですね。ですが、すみれ草だけでは分類学上の名は判りません。以下は和名で書くとし、学名は個々のすみれに載せておきます。
狸の遊び場の葵菫や雛菫などは3月の中旬から咲き始めます。4月になれば有明菫、姫菫と咲き、続いて丸葉菫、曙菫、下旬になれば桜菫、肥後菫などが咲きます。今年の4月は、ココログのサイト内検索で該当すみれを探し、撮影日を確認し、週末の探索地を決めていました。で、思ったんです、すみれの名、自生地、撮影日をメモしておこうと。そうすれば検索を省けます。さらに、どうせなら、目録をつくって、ココロゴへのリンクを埋め込んでおけば、クリックだけで見られと思いつきました。そんなことで "すみれたち" としてまとめることにしました。
広域的な狸の遊び場は群馬、埼玉の両県ですが、すみれたちは藤岡市と多野郡吉井町の自生種のみを掲載します。主題を "すみれたち" とし、個々のすみれについてはココログへのリンクを埋め込むとして、地名をいれた副題をどうしようか思案しました。"群馬のすみれたち" では広すぎます。"多野藤岡のすみれたち" では冗長のようです。"藤岡吉井のすみれたち" もピッタリきません。吉井町でも多比良と向平に咲いていたすみれたちしか撮っていないのです。
藤岡市は元々多野郡藤岡町だったようです。なら、吉井も多野郡だし "多野のすみれたち" とすればスッキリします。ところが、もう少しすると吉井町は多野郡から離脱するようです。吉井の地名は残ると聞いてはいるんですがよく分りません。
多野郡は明治二十九(1896)年に 緑野郡・南甘楽郡・多胡郡が合併し4町14村で発足したようです。そのおり、多胡郡と緑野郡から一字づつとって多野郡としたようです。昭和二十九(1954)年には藤岡市ができ、多野郡から離脱し、4町9村になりました。翌、昭和三十年には吉井町が多胡村、入野村などと合併しました。また、同年に日野村、平井村が藤岡市に編入されたこともあって4町3村になりました。以降、いくつかの変遷があり、今年(2009年)は吉井町が離脱するようです。となると、多野郡は神流町と上野村の1町1村となります。
つらつらと考えて副題を "多野の野に咲くすみれたち" とすることにしました。自生種ですので地域名は必須だと考えました。とすると、"多野" に代る名は想いつきません。地域名としては "多野" がふさわしいようです。さらに、"野に咲く" をつけて七五調にしました。ただ、"多野" としたので、ちょっぴり広すぎるような気もします。来年からは神流町や上野村のすみれたちも撮ることになります。